JA1DSI

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1943年生まれ

1959 4月 電話級アマチュア無線技士合格(アマ無線技士が4資格

      になった最初の国家試験です。新2アマはCW28MHz運用

      が許可されました。これ以前は、旧1アマ、2アマの二資格しか

      出ありませんでした。

      195910月 (高校2年)2アマに挑戦、合格しました。プロと同様

      予備試験がありました。

 

1974 4 第一級アマチュア無線技士 合格

1977 1 500W局開局申請(28MHzだけは50W)  −>同年4月末に予備免許される

1977 9 500W局落成検査・無事合格 (当時はWARCバンド無し)RTTY免許もらいました。

      平成になってから、100W機増設しWARCバンドも免許されました。

197812 14MHz CE3CFRTTYで初QSO。このあと12年間RTTY,CWDX交信を楽しみました。

1986年  「RTTY入門」を出版しました。(電波実験社、絶版です。)

2000 3 移動局(50W) 模様替え(HF機 交換)

2013年  「短波帯アマチュア無線入門ガイド」出版(CQ出版社)

2015 6 西表島にいく機会がありましたので、IC-7000,HC-100AT

     (東京ハイパワー製オートアンテナチューナ)、ウィン

     ドムアンテナを持ち込んで宿から3日間JA1DSI/6を運用。

     大変面白かったです。(GL:PL14VJ)ほぼ200局交信

     (RTTYCWがメインで、無線電話は29FM1局、21SSB

     で2局、7MHzSSB1局交信しただけです)

     マイクでしゃべらなくて寂しくないのか?そういうこと

     全然ありません。

 

 

開局当時の送受信機

受信機、送信機は別々に製作する時代でした。

受信機 一体型コリンズタイプダブルスーパーヘテロダイン

    (中三の頃からパーツを集めて製作)

送信機 終段は807シングル 出力10W

    変調器 42PP AB2

アンテナ 全長3/4λのフォールデッドダイポールアンテナ。よく飛びました。

    ある日、突然、JA1B○○さんと言う方が訪ねてきました。シャックを

    見せて欲しいというのです。おいでになった理由は?下町であまり

    強いので、送信機をみたいということでした。正真正銘の10W機を

    確認し、クビをかしげながらお帰りになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、中古のFR-100BFL-200Bで細々とやっていました。14MHzSSBP29JS

楽々とコンタクトできたのでDX熱がでてきました。

TS-520D1975年頃入手。RTTY運用のために、TUNEポジションを改造して

受信はCWフィルターを使い、送信はFSK方式にしました。これで、SSBモードの

AFSKよりも、送受信が格段によくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年代はRTTY,CWDXやりながら、パケットラジオにこりました。W0RLIソフト

FWD-BBSを数年運用しました。50/144/4303バンドを同時運用。PCPC/XT

互換機、複数のバンドにでるためDesqViewなるソフトを使用。

 

19914月から、3年間仕事の関係で伊豆大島(東京都大島町)元町にに単身赴任しました。

宿舎では430MHz帯で神奈川の局のパケットラジを受信していました。

車には、28MHz SSB用のトランシーバを積み、三原山登山道路のロケーションがいい

所からオペレートしておりました。また、430MHz/1200MHzで東京方面とパケット

ラジオもしくはFMで交信していました。

 

現在

14/21/28MHz用トライバンダーは撤去しました。ワイヤーアンテナしかありません。

50MHz以上は、ディスコーンとかGPでオンエアします。

それでも、国内のCWコンテストには頭と手の訓練のため、よく参加します。

QSOパーティは、CWRTTYでオンエアします。

 

 

獲得したAWARDなど

アワードハンターではありませんが、CWRTTYDXには熱をあげました。

結果は画像の通りです。1番の宝は、RTTY JounarlからもらったRTTY-DXCC

(#47)の楯です。